多様の耳

心が叫びたいなら、叫べばいいのに。
叫ぶ相手さえ間違えなければ、ちゃんと届くのになぁ。
相手を選べない時?
それは身近な便器ちゃんへ、どうぞ。出来れば大で流してください。

心から叫びたくても、叫べない?
溜め込み過ぎると心ってものは破裂するのだけど、案外知られてないのかな? 破裂した後の心なんて、そりゃあんた、惨めなものよ。

「なりたくてなったわけじゃない」という言葉って、どうしても引っかかるのね。
じゃぁ、さ。
「なりたくてなってたら?」どう変わるの? どうにも変わらないの?
生まれて来たことを親の所為にして、自分の成長も親の所為にして、何もかも親の所為にして、何が望みなの?

親を選べない子と、子を選べない親。
生命の仕組みが生殖だけなら、そうかも知れない。
けれど、子供達は親を選んでいると思うんだよね。生まれてくる前に、親も環境も。。。

どんな親でも親は親だ。受け入れようと斬り棄てようと。
どんな子でも子は子だ。受け入れようがいまいが。自分の遺伝子を継いだ子。もしも子が憎いなら、自分への憎しみを向けろ!
虐待するなら、己が心に刃物を突き立てろ!
昨今の、虐待報道を見聞きする度、こんなことを考えている。


~~7月30日の呟きより

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