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ときに。

「詩」は、軽いの? それとも、重いの?

「芸術に政治を持ち込むな!」という批判をする者達は、偉大な芸術家、ピカソ(のゲルニカ)を否定するのね。

表現者が萎縮し自粛する世の中に、真の自由は無い!と思いますの。


~~6月17日の呟きより
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何度でも言うぞ!

「水が半分“も”ある」のではなく「水が半分“しか”ない」のでもない。
事実は「水がある!」ただそれだけ。

脚色しちゃ、いかんって。


~~9月12日の呟きより

どうした、ん?

世界の全てを敵に回したような顔をして、さ。
君の嫌いな狭ーい世界を敵に回したところで、君の居る広ーい世界は君を受け入れてる。
目の前に見える光景だけが全てじゃ無い事を、まだ見ぬ世界がとても広い事を、いずれ君も知るだろう。
それから敵味方を考えたら、どうかな?


~~9月2日の呟きより

カップヌードル

「命を大切に!」なんて言う訳ないでしょ、私が。
その代わりに「今を見つめて見回してごらんよ!」とは思うね。
周りはバカばっかしかも知れないけれど、もっと視野を広げれば凄いやつも居るかも知れない。

世界は広く、世間は狭く。
目に映るだけの世界に閉じ籠るのは、ちょっぴり損だ。


~~6月25日の呟きより

無垢なる子供達へ

14歳の子供が「死」を求めると、所謂!オトナは「まだまだこれから、人生捨てたものじゃない」とか言うけどさ、けどさ!
人生に逆転なんて、そ~そ~無いね。…と言うよりも、こればかりは未体験だから「この先必ずある」なんて、到底言えない。
どうしてオトナは、無責任な事を言えるのだろう。

じゃぁ、何故生きているのか?
それは、死ぬのが面倒だから。
生きた証の廃棄から始まって、それでも残るであろう遺品の整理やら、遺された者達が負う諸々の役所の手続きやら…。考えただけでも、ゾッとするね。

生きている“意味”なんて、早々無いさ。
生きる“意味”なんて、所詮、後からの意味付けに過ぎない。
死に対する恐怖なんて、ちぃっとも分からないが、生きる事に対する罪悪感ならよく分かる。
それでも生きなきゃいけないなんて、誰が言えるのだろう。
まっ、それだから、面白く無き世を面白く!か。

“死にたがり”の君へ言えるのは、「死んで楽になる…なんて保証は何処にも無い」って事さ。これは言い切れる。

鬱を勘違いしている人が多いから、繰り返して言うけれど。
あれは、どん底の方が精神状態が安定しているのです。
ちぃっと快方に向かった位が、一番危ない。
快方に対する気力がふぃっと途切れると、自己消滅への希求がとても強くなり、最悪?死を選ぶんだよね。無意識のうちに実行する事も。

だから、中途半端な快方?状態は、死に対して一番近い状態と言える。
これは実体験済みだから、よく分かる。
因みに。
私の死を食い止めた?のは、生に対する欲望ではなく、死に対する絶望が強かった。それだけ。

以上。
病みアカウントさんへのメッセージでした。

まぁ、でも、しかし、なんだ。
自分よりも短い命が自らの行動で命を絶つのは、(直接ではないが)親の立場として悲しいよね。

日常の一コマさえ助けられんで、ごめんな。


~~4月12日の呟きより

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Author:思考錯誤屋
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【掲載内容に関する注意書き】
掲載内容は、正真正銘の事実に基づいたフィクションです。
登場する団体及び個人名もフィクションであり、たとえ実在するものと似ていたとしても無関係です。
アンチ体制側。群れは好まず。猛毒に付き取扱要注意。

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